2月4日は立春ですが、国際対がんデーでもあります。
私もなにかイベントでお付き合いということで、姫路方面の近畿自然歩道トレールランに参加してきました。ロードも合せると計38km。
JR姫路駅からスタート、姫路城~増位山~広峰山~書写山~姫路城をぐるっと回って、また姫路駅に戻るコースです。
現役バリバリのランナーと一緒ですから、わたしゃおくれじと必死でした。
なんとか走り切りましたが、途中から左ひざが痛みだし、今日もあちこち筋肉痛。
情けないことです。
3つの山にはそれぞれ謂れのある神社や寺があったので、なかなか面白いコースでした。
増位山には随願寺。その境内にある榊原忠次の墓所というのが実にユニーク。
亀の背に石碑が載っているのですが、この石碑の文字をすべて解読すると亀が動き出すとか。
ちなみに、大相撲の増位山は姫路出身で、この山にちなんだ四股名だそうです。
広峰山には素戔嗚尊を祭った広峯神社があり、ここでひと休憩。
広峰山を下って氷室池に出るまでは、かなりのガレ場。足元には要注意です。
3つ目の山、書写山には謂わずと知れた西国27番札所圓教寺があります。
昨年12月に納経に訪れたから、ここはまだ記憶に新しいのですが、
前回はロープウェイですんなり上がりましたが、今回は裏側からの山道伝い。
境内に入ったところで、野生の小鹿を見つけました。
鹿は近頃増えすぎて、農作物の被害が大きくなり、猟銃で撃ち殺すことも多いようですが、(人間は勝手ですね)境内なら安全と知っているのか、カメラを構えて近づいても平然としていました。
書写山を下り、ロードを走って姫路城へ。
天守閣が工事中だったのですが、仮囲いに登って天守閣を間近で見られると聞き、入って見ることに。
天守閣の仮囲いは想像以上に規模が大きなものでした。周囲に広い作業&荷置スペースがあり、さらに広い見学スペース(7~8階:エレベータで上がります)まであるのですから、仮囲いと言うより、大スパンで何層もの吹き抜けを持つ鉄骨の大工場という雰囲気でしたね。
近くで見ると天守閣はほんとにデカイ。多くの作業員が瓦葺き等の作業をしていましたが、あとまだ3年かかると聞いて
さもありなんと素直に納得しました。
出来上がってからもう一度見に来たいものです。
2012年2月6日月曜日
2012年1月30日月曜日
2012年1月15日日曜日
三井寺と三橋節子
大津京(JR)~三井寺~三橋節子美術館~山科~蹴上~四条河原町(阪急)を歩いてきました。
三井寺(西国14番札所:園城寺)と言えば、広重の浮世絵「三井の晩鐘」が有名ですが、金堂に面したこの鐘楼(重文)は、環境庁の「残したい日本の音風景100選」にも選定されています。
この寺にはもう一つ有名な鐘がありますが、弁慶が奪って比叡山へ引き摺り上げたといわれている「弁慶の鐘」がこれ。(写真)
鐘楼の鐘はこれに倣って造り直したものだとか。
寺を出て山側へ歩くこと10数分で、今回のもう一つの目的地「三橋節子美術館」に到着です。
ご存知の方も多いと思いますが、彼女は鎖骨腫瘍により片腕を切断。
しかしその後も絵を描き続け、自分の死と向き合いつつ、幼子のために何冊かの絵本を残します。
昔「湖の晩鐘」「花折峠」などを見た時の強烈な印象が、未だに強く残っています。
10分ほどのビデオを見てから、展示室へ。
彼女は、小川に横たわる自己の涅槃像(静かに、でもどこか優しさが漂う)を何枚も書いているんですよね。
がんとの”闘い”は、おそらくすでに終わっていたのでしょう。
「たとえ死んでも、私はあなた達を見守っています」という精一杯のメッセージだったのではないでしょうか。
二人の幼子へ宛てた最後(死の1週間前)の手紙は、途中で涙が出そうになって、最後までちゃんと読めませんでした。
彼女の描いた「三井の晩鐘」はこれです。(写真)
三井寺(西国14番札所:園城寺)と言えば、広重の浮世絵「三井の晩鐘」が有名ですが、金堂に面したこの鐘楼(重文)は、環境庁の「残したい日本の音風景100選」にも選定されています。
この寺にはもう一つ有名な鐘がありますが、弁慶が奪って比叡山へ引き摺り上げたといわれている「弁慶の鐘」がこれ。(写真)
鐘楼の鐘はこれに倣って造り直したものだとか。
寺を出て山側へ歩くこと10数分で、今回のもう一つの目的地「三橋節子美術館」に到着です。
ご存知の方も多いと思いますが、彼女は鎖骨腫瘍により片腕を切断。
しかしその後も絵を描き続け、自分の死と向き合いつつ、幼子のために何冊かの絵本を残します。
昔「湖の晩鐘」「花折峠」などを見た時の強烈な印象が、未だに強く残っています。
10分ほどのビデオを見てから、展示室へ。
彼女は、小川に横たわる自己の涅槃像(静かに、でもどこか優しさが漂う)を何枚も書いているんですよね。
がんとの”闘い”は、おそらくすでに終わっていたのでしょう。
「たとえ死んでも、私はあなた達を見守っています」という精一杯のメッセージだったのではないでしょうか。
二人の幼子へ宛てた最後(死の1週間前)の手紙は、途中で涙が出そうになって、最後までちゃんと読めませんでした。
彼女の描いた「三井の晩鐘」はこれです。(写真)
2012年1月5日木曜日
絵馬展
毎年、新春に(社)日本商環境設計家協会等が主催する、チャリティー絵馬展が開かれます。
私もこれに出品するようになってから、もう10年近くなるでしょうか。
ことしもまた、おとそ気分の抜けやらぬ時に、大慌てで絵馬板に向かいました。
かっこよく”筆を走らせ”と言いたいところですが、実は筆を持つのも1年ぶりで、手がいじけてしまってなかなか思うように描けません。
特に1枚目の「長命寺」(昨年11月に行きました)の着色には苦労しました。
途中で失敗かもと思いつつ、それでも懸命に修正をほどこし、なんとか形にはしましたが、悪戦苦闘の跡が残ってしまったかも。(^^;
2枚目は、この正月に行った「那智の滝」。
これも満足度はまだまだですが、1枚目よりはスムーズに筆が進みました。
でも、まだぎこちない(^^;
どちらも写真では良く見かけるアングルです。
自分で写した写真を見ながら描きましたが、そういう意味ではオリジナリティに描けるかも(^^;
もし購入を希望されるなら、入札制で値が決まって(要は紙片に値を書き込んで投票箱へ入れると、後日結果通知が届きます)、本イベントの余剰金はすべて「大阪府福祉基金」に寄付されます。
・開催期間:1月7日~14日まで(10時~20時、最終日は18時まで)
・場所:大阪天満橋の京阪シティーモールの2階(大川側レストスペース)
近くに来られたなら、冷やかしでもけっこう、立ち寄っていただければ嬉しいですね。
もっと上手な作品もたくさんありますから、それを狙っていただいても結構ですヨ。
私もこれに出品するようになってから、もう10年近くなるでしょうか。
ことしもまた、おとそ気分の抜けやらぬ時に、大慌てで絵馬板に向かいました。
かっこよく”筆を走らせ”と言いたいところですが、実は筆を持つのも1年ぶりで、手がいじけてしまってなかなか思うように描けません。
特に1枚目の「長命寺」(昨年11月に行きました)の着色には苦労しました。
途中で失敗かもと思いつつ、それでも懸命に修正をほどこし、なんとか形にはしましたが、悪戦苦闘の跡が残ってしまったかも。(^^;
2枚目は、この正月に行った「那智の滝」。
これも満足度はまだまだですが、1枚目よりはスムーズに筆が進みました。
でも、まだぎこちない(^^;
どちらも写真では良く見かけるアングルです。
自分で写した写真を見ながら描きましたが、そういう意味ではオリジナリティに描けるかも(^^;
もし購入を希望されるなら、入札制で値が決まって(要は紙片に値を書き込んで投票箱へ入れると、後日結果通知が届きます)、本イベントの余剰金はすべて「大阪府福祉基金」に寄付されます。
・開催期間:1月7日~14日まで(10時~20時、最終日は18時まで)
・場所:大阪天満橋の京阪シティーモールの2階(大川側レストスペース)
近くに来られたなら、冷やかしでもけっこう、立ち寄っていただければ嬉しいですね。
もっと上手な作品もたくさんありますから、それを狙っていただいても結構ですヨ。
2012年1月2日月曜日
青岸渡寺
数年前には熊野古道でもちょっと厳しいと言われている大雲取・小雲取を越えて、那智山青岸渡寺(西国1番札所)に行き着いたこともあったですが、今回は、ご朱印を頂くのが主目的。
正月のレジャーも兼ね、一家6人で、初詣のあとは勝浦温泉に泊まり、翌日は白浜のアドベンチャーワールドで遊んできました。
国道42号線から那智山へ向かう道に入ると、川筋には昨年の豪雨(台風12号)で流れ下ったきた大石がごろごろ。
ぺしゃんこに潰れた家が屋根だけを残してそのまま放置されていたり、地滑りのあとで痛々しい山肌が露出していたり・・・ここを訪れるのは3度目ですが、景観がすっかり変わっていました。
七曲の道も路肩が崩壊、一方通行の個所もあり、渋滞で焦りが・・・やっと、土産物店の駐車場に車を止めたのですが、店主が言うことには、大雨の時には前の道も濁流となり魚が跳ねていたとか。
那智大社や青岸渡寺も相当な被害があったようですが、こちらのほうはほぼ元通りに復元されていました。
初詣を済ませて、杉の大木が茂る石段を下り那智の滝へ。
滝壺周辺には変則的に多くの大岩が転がり、なぎ倒された木々もほとんど手つかずのままでした。
半島に突き出たホテル浦島に行くには、駐車場からマイクロバスと船を乗り継ぎます。
有名な洞窟風呂には孫(2歳半)も一緒に入りましたが、湯に潜るのは平気ですね。
何度も潜って喜んでいたので、のぼさないかと心配しました。^^
バイキング形式の夕食は、温泉旅館らしくない気もしましたが、若い人にはたぶんこのほうが良いのでしょう。
昔は良く食べたものですが、近頃はそこそこにしておかないと、夜、胸やけがしていけません。
翌日のアドベンチャーワールドではお決まりの探検列車に乗り、後はパンダとイルカショー・・・それなりに楽しめたけど、孫の守もしながら、車での強行軍。運転は息子と交替でしたが、帰路は途中20数キロの渋滞に巻き込まれ、どっと疲れました。
正月のレジャーも兼ね、一家6人で、初詣のあとは勝浦温泉に泊まり、翌日は白浜のアドベンチャーワールドで遊んできました。
国道42号線から那智山へ向かう道に入ると、川筋には昨年の豪雨(台風12号)で流れ下ったきた大石がごろごろ。
ぺしゃんこに潰れた家が屋根だけを残してそのまま放置されていたり、地滑りのあとで痛々しい山肌が露出していたり・・・ここを訪れるのは3度目ですが、景観がすっかり変わっていました。
七曲の道も路肩が崩壊、一方通行の個所もあり、渋滞で焦りが・・・やっと、土産物店の駐車場に車を止めたのですが、店主が言うことには、大雨の時には前の道も濁流となり魚が跳ねていたとか。
那智大社や青岸渡寺も相当な被害があったようですが、こちらのほうはほぼ元通りに復元されていました。
初詣を済ませて、杉の大木が茂る石段を下り那智の滝へ。
滝壺周辺には変則的に多くの大岩が転がり、なぎ倒された木々もほとんど手つかずのままでした。
半島に突き出たホテル浦島に行くには、駐車場からマイクロバスと船を乗り継ぎます。
有名な洞窟風呂には孫(2歳半)も一緒に入りましたが、湯に潜るのは平気ですね。
何度も潜って喜んでいたので、のぼさないかと心配しました。^^
バイキング形式の夕食は、温泉旅館らしくない気もしましたが、若い人にはたぶんこのほうが良いのでしょう。
昔は良く食べたものですが、近頃はそこそこにしておかないと、夜、胸やけがしていけません。
翌日のアドベンチャーワールドではお決まりの探検列車に乗り、後はパンダとイルカショー・・・それなりに楽しめたけど、孫の守もしながら、車での強行軍。運転は息子と交替でしたが、帰路は途中20数キロの渋滞に巻き込まれ、どっと疲れました。
2012年1月1日日曜日
2011年12月25日日曜日
一乗寺&圓教寺
キリストの降誕を祝うクリスマスですが、日本人ならやっぱりお寺詣りやろ?ということで、
西国26番法華山一乗寺と27番書写山圓教寺に行ってきました。
足の便が悪いのと、2個所の距離がちょっと離れているので、車で行くことに。
一乗寺では、まずは長い階段を上るのですが、途中左手に国宝三重塔(平安時代に建立)があり、さらにそこから見上げると、階段の最上部に立派な本堂があり、この回廊に立てば播磨平野を背景に、塔を見降ろすことができます。
前回訪れた時はここから「賽の河原」のある山道を迂回して降りたのですが、
土砂崩れのため通行禁止となっていました。
圓教寺へ向かいます。
書写山ロープウェイ駐車場に車を止めて、ロープウェイで上がります。
昨日までメンテナンスで運休していたそうですから、ラッキーでした。
山上駅から歩くこと約15分で、圓教寺の摩尼殿(本堂)に到着。
摩尼殿の床や屋根の張り出しの迫力は圧倒的ですね。
さきほど見た一乗寺の本堂も影が薄くなってしまいます。
摩尼殿背面と岩壁の間を抜けて奥へ進むと、
大講堂・食堂(じきどう)・常行堂が、コの字型に並んでおり、これも見ごたえがあります。
食堂の中は展示場になっていて、無料で入れます。
境内はけっこう広くて、伽藍を見て歩くだけでざっと1時間はかかるでしょう。
帰りはロープウェイには乗らず、山道を下って降りました。
西国26番法華山一乗寺と27番書写山圓教寺に行ってきました。
足の便が悪いのと、2個所の距離がちょっと離れているので、車で行くことに。
一乗寺では、まずは長い階段を上るのですが、途中左手に国宝三重塔(平安時代に建立)があり、さらにそこから見上げると、階段の最上部に立派な本堂があり、この回廊に立てば播磨平野を背景に、塔を見降ろすことができます。
前回訪れた時はここから「賽の河原」のある山道を迂回して降りたのですが、
土砂崩れのため通行禁止となっていました。
圓教寺へ向かいます。
書写山ロープウェイ駐車場に車を止めて、ロープウェイで上がります。
昨日までメンテナンスで運休していたそうですから、ラッキーでした。
山上駅から歩くこと約15分で、圓教寺の摩尼殿(本堂)に到着。
摩尼殿の床や屋根の張り出しの迫力は圧倒的ですね。
さきほど見た一乗寺の本堂も影が薄くなってしまいます。
摩尼殿背面と岩壁の間を抜けて奥へ進むと、
大講堂・食堂(じきどう)・常行堂が、コの字型に並んでおり、これも見ごたえがあります。
食堂の中は展示場になっていて、無料で入れます。
境内はけっこう広くて、伽藍を見て歩くだけでざっと1時間はかかるでしょう。
帰りはロープウェイには乗らず、山道を下って降りました。
2011年11月23日水曜日
近江八幡から長命寺へ
JR近江八幡駅から歩いて「長命寺」へ向かう途中に八幡堀端を通ったのですが、ポン菓子屋が店先でバン!という大きい音を立てていました。
我々が子供のころは、行商のおやじさんがリヤカーに機械を積んで、よくこれをやってましたね。
つい懐かしくて、ポン菓子を買って食べたのですが、昔のほうがもっと甘くておいしかったなぁ~。
西国31番札所「長命寺」ではこんな石階を登ります。
所々石が崩れているので、段数は数えにくいと思うのですが、808段だとか。
いったい誰が数えたのでしょう。(謂われがあるのかな?)
この写真は、鐘楼付近から見た本堂と三重塔。
鐘楼は登ることができて、賽銭箱に100円入れて鐘をつくと良く響きました(^^)>
紅葉はまだ半ばぐらいでした。
我々が子供のころは、行商のおやじさんがリヤカーに機械を積んで、よくこれをやってましたね。
つい懐かしくて、ポン菓子を買って食べたのですが、昔のほうがもっと甘くておいしかったなぁ~。
西国31番札所「長命寺」ではこんな石階を登ります。
所々石が崩れているので、段数は数えにくいと思うのですが、808段だとか。
いったい誰が数えたのでしょう。(謂われがあるのかな?)
この写真は、鐘楼付近から見た本堂と三重塔。
鐘楼は登ることができて、賽銭箱に100円入れて鐘をつくと良く響きました(^^)>
紅葉はまだ半ばぐらいでした。
2011年11月12日土曜日
醍醐寺~岩間寺~石山寺
京都地下鉄醍醐駅から、醍醐寺~上醍醐~岩間寺~石山寺を経てJR石山駅に抜けました。
醍醐寺(十一番札所)
醍醐寺は世界文化遺産でこの五重塔は国宝です。
本来の納経所はここから山道を小一時間登った所にある上醍醐の准胝堂ですが、
2008年の火災以来醍醐寺の女人堂に代わっています。
上醍醐に向うにはここで入山料(500)を払います。
上醍醐の伽藍も立派なものが多いですね。
五山堂脇から細い山道を下り、岩間寺を目指します。
岩間寺(十二番札所)
芭蕉の句「古池や蛙飛び込む水の音」で有名な池はこの寺あります。
境内から少し谷筋へ下ったところにある桂の大樹群(日本一)がこの写真。
ぼけ封じの寺でも有名ですから、効能を信じて篤く手を合わせておきました。
石山寺(十三番札所)
寺名の由来ともなっている硅灰石の壁(天然記念物)が有名ですね。
紫式部が源氏物語を書き始めたのがこの寺だそうで、
以前来た時には、寺の美術館で「紫式部展」を見学しました。
写真は本堂ですが、提灯が大きいのに驚きました。
醍醐寺(十一番札所)
醍醐寺は世界文化遺産でこの五重塔は国宝です。
本来の納経所はここから山道を小一時間登った所にある上醍醐の准胝堂ですが、
2008年の火災以来醍醐寺の女人堂に代わっています。
上醍醐に向うにはここで入山料(500)を払います。
上醍醐の伽藍も立派なものが多いですね。
五山堂脇から細い山道を下り、岩間寺を目指します。
岩間寺(十二番札所)
芭蕉の句「古池や蛙飛び込む水の音」で有名な池はこの寺あります。
境内から少し谷筋へ下ったところにある桂の大樹群(日本一)がこの写真。
ぼけ封じの寺でも有名ですから、効能を信じて篤く手を合わせておきました。
石山寺(十三番札所)
寺名の由来ともなっている硅灰石の壁(天然記念物)が有名ですね。
紫式部が源氏物語を書き始めたのがこの寺だそうで、
以前来た時には、寺の美術館で「紫式部展」を見学しました。
写真は本堂ですが、提灯が大きいのに驚きました。
2011年10月30日日曜日
前立腺がんのガイドライン改訂について
癌治療学会に参加して知ったことの一つに、「前立腺がんのガイドラインが近く改訂される」という情報がありました。
欧米で用いられている前立腺がんのガイドライン(特にNCCN)と日本のそれとでは、治療体系が大きく異なります。
NCCNのガイドラインが「リスク分類に応じた治療体系」になったのは2003年。
日本の前立腺がんガイドラインの制定は2006年でしたが、まだNCCNの新しい考え方に馴染めず、従来の「ステージ優先の治療体系」を継続しました。
その後、日本でも徐々にNCCNの考え方が浸透して行ったものの、ガイドラインの改訂はずるずると先送りされてきました。
国立がんセンターのHPも、がん情報サービスへの移行を契機に、2006年にその内容が一新されましたが、中身はやはりステージ重視の古い治療体系のままでした。
ガイドラインが新しくなって、その辺はどう変わるのか・・・「Meet the prof」 で筧教授に訊いてみたところ、新ガイドラインでは、「リスク分類に応じた治療体系」を採用予定とのこと。
「ひげの父さん」の名前で、2005年以降、「リスク分類に応じた治療体系」をHPで紹介して来ましたが、
http://hige103.main.jp/soulful-world/guidebook/sheet000.htm
欧米では標準的なNCCNですが、我国ではその流れを汲む前立腺がんサイトは他に見当たりません。
日米のガイドラインのタイムラグは約8年。私も異端サイトを立ち上げて苦節6年(笑)。
ドラッグ・ラグは今やすぐ問題になりますが、ガイドライン・ラグというのは底流ですからなかなか目立たないんですよね。
欧米で用いられている前立腺がんのガイドライン(特にNCCN)と日本のそれとでは、治療体系が大きく異なります。
NCCNのガイドラインが「リスク分類に応じた治療体系」になったのは2003年。
日本の前立腺がんガイドラインの制定は2006年でしたが、まだNCCNの新しい考え方に馴染めず、従来の「ステージ優先の治療体系」を継続しました。
その後、日本でも徐々にNCCNの考え方が浸透して行ったものの、ガイドラインの改訂はずるずると先送りされてきました。
国立がんセンターのHPも、がん情報サービスへの移行を契機に、2006年にその内容が一新されましたが、中身はやはりステージ重視の古い治療体系のままでした。
ガイドラインが新しくなって、その辺はどう変わるのか・・・「Meet the prof」 で筧教授に訊いてみたところ、新ガイドラインでは、「リスク分類に応じた治療体系」を採用予定とのこと。
「ひげの父さん」の名前で、2005年以降、「リスク分類に応じた治療体系」をHPで紹介して来ましたが、
http://hige103.main.jp/soulful-world/guidebook/sheet000.htm
欧米では標準的なNCCNですが、我国ではその流れを汲む前立腺がんサイトは他に見当たりません。
日米のガイドラインのタイムラグは約8年。私も異端サイトを立ち上げて苦節6年(笑)。
ドラッグ・ラグは今やすぐ問題になりますが、ガイドライン・ラグというのは底流ですからなかなか目立たないんですよね。
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