2013年1月15日火曜日

竹田城跡(兵庫県和田山)

土台の石積みだけが残っている山城で、日本のマチュピチュとか天空の城と呼ばれ最近話題になっているのがこの竹田城です。
この写真(1枚)は他のブログより拝借してきました。おそらく東隣りの山から撮ったのでしょう。
晩秋の良く晴れた風のない日の早朝が狙い目だとか。

家から車で約2時間、その気になればいつでも行ける距離ですが、訪ねるのは始めてでした。
観光案内所で教えてくれた竹田駅近くの駐車場に車を止めて、駅裏の登山口から登り始めます。家内もいっしょだったので、30~40分かかって城跡の端部に到着。ひと汗かきます。

さらに階段を登ると(このあたりが大手門だったとか)、北千畳と呼ばれる広場に出ます。

広場から東を見た所です。眼下に見えているのは竹田の街、左右に伸びているのは円山川。

弓の弦のように南北に伸びたウィングのほぼ中央が天守閣跡。人が立ってるあたりですね。 

 天守閣跡に立ってから今度は南寄りに下り始めます。
 向かい側には雪の積もった山が見えてます。

階段を下りながら、徐々に南千畳に接近。

この辺りの雰囲気がマチュピチュに似ているのかな?
実際のマチュピチュを知らないもんでなんとも(^^;


 時々後ろを振り返ります。


南千畳から下る山道へ向かいます。

表米神社に下る山道が災害で通行止めになっていたので、中腹の駐車場を経由して車道を降りてきました。
水路に沿ってお寺が並ぶあたりは、良い雰囲気の街並みです。水路に鯉も泳いでいました。

これは行きにも通った線路下(JR播但線)の抜け道。腰をかがめないと通れません。

JR竹田駅も木造かわら屋根葺きで、落ち着いた雰囲気でした。

雪景色を期待しつつ出かけたのですが、当てがはずれましたね。季節的なこともあり、写真的にはちょっと色合いが寂しかったかも。
でも、これだけ荒々しい感じの山城はなかなか他では見られないでしょう。
一見の価値ありだと思います。

2013年1月10日木曜日

裏山(中山)の散歩

軽いトレのつもりで夕方(4時過ぎ)から裏山(中山)の散歩。さすがこのぐらいの時間になると山の中では誰にも会いません。
奥の院へ向かう道を登ることが多いのですが、久しぶりに沢伝いの路を登りました。
所々に小さな「滝もどき」があって、良い水音を立ててます。

そのまま沢を登り詰めても良かったのですが、今回は途中から左の尾根の取りつきました。
聖徳太子の修行跡あたりですでに薄暗くなりはじめ、なんとか展望台あたりまで進んで、この残照を写しました。頂上を往復する予定で家を出たのですが、所々で写真を撮っていたせいか、予想より時間を食ってしまい、完全に日が暮れるとやばいので頂上は断念、そそくさと住宅街への逃げ路を下りました。
枝道に不慣れなハイカーの皆さんはこんな真似をしてはいけませんヨ(^^;

この写真は住宅街に出る直前、木々越しに眺めた50万ドルの夜景?です。
山道はかなり暗くて足を運ぶのにも注意が必要でしたが、あと10分遅れていれば、ほんとに手探りだったかも。
山道を抜けると、あとはアスファルトの舗装路を下るのみ。練習不足で脚ができていない状態なので、スロージョグで慎重に下ってきました。3km近くある坂なので、調子に乗って走ってしまうと、膝を痛めてしまいます。

2013年1月7日月曜日

熊野古道(伊勢路)

正月の3日から6日まで、家内といっしょに熊野古道(伊勢路)に出かけました。
伊勢路(新宮~伊勢)をアバウトに見れば、三重県のほぼ海岸線沿いですから、海を見ながらの気楽なコースと思われる方もおられるでしょうが、実は山道も多く、総延長は約170km。一度にすべてを歩き(走り)通そうと思えば、ウルトラマラソンなどで普段から鍛えている人は別にして、普通の人なら無事に歩き通せたとしても、一週間以上かかるのではないでしょうか。
このたびはその一部で比較的人気のあるコースを厳選?、初日は新宮、最終日(4日目)は伊勢に、観光気分の寄り道をしたので、丸々歩いたのは中の2日間でした。
熊野本宮大社は2008年に一度、那智大社には去年も含め3度行ったことがあるのですが、新宮の速玉大社に立ち寄るのは始めてでした。これは本殿。
神宝殿の脇には、熊野地方出身だったと言われる弁慶の木造彫刻があり、出来栄えにしばし見惚れる。帰宅後調べてみると、龍神村在住の「チェ-ンソー彫刻」の世界チャンピオン城所啓二さんの作品であることが判明。

速玉大社はそもそも、この近くにある神倉神社のゴトビキ岩に降臨された神様を今の場所に遷宮したもので、新宮の名前もここからついたものだとか。
神倉神社の鳥居をくぐればいきなりこの急傾斜の石段が続きます。

汗をかきながら数百段の階段を上ると、最近パワースポットとしても人気もあるゴトビキ岩が現れる。かなりの迫力だが個人的には滋賀県太郎坊の大岩のほうがより印象が強烈だった。

このあとはJR新宮駅から三木里駅に移動し民宿に泊まる。
二日目は8時に宿を出て、コース最大の難所と言われている八鬼(やき)山越えへ。
道は、比較的なだらかな明治道と、急傾斜で尾根に取りつく江戸路に分かれるが世界遺産になっている後者を選択。「槍かたげ」と言われる急坂も、普通の山路とさほど変わらなかったので、ことによると「石畳が多いし登りやすい」と宿の人が勧めてくれた明治道のほうが正解だったかも知れない。八鬼山頂上に近い尾根からの眺めはこの通り綺麗だったのでまあ良しとしますか。

八鬼山(627m)の峠を越すと、石畳や苔の岩も目に触れるようになり、古道らしい雰囲気が出てきた。

あちこちに石地蔵が点在している。行き倒れになった巡礼の墓標もあり、最大の難所と言われるだけのことはある・・・今も水場は少ないし、昔は相当難儀したことだろう。

山を下ると石油タンクや火力発電所もあり、一気に現実世界に引き戻される。案内の矢印通りにくねくね曲がる矢浜の狭い路地を通ったものの、昔の雰囲気はほとんど残っておらず、路地裏を抜け街道に出て正直ほっと。尾鷲駅周辺には歴史を感じさせる町屋もチラホラ。

馬越(まごせ)峠へ向かう。
半ば登ったあたりから石畳が始まり、少し横にそれると落差10mほどの小滝もあった。
休憩ベンチでおにぎりの昼食。標高325mの峠に到着。

熊野古道はそのまま真っすぐ進むのですが、通りすがりのハイカーから絶景と聞いた天狗倉山へ立ち寄ることに。東へ延びる尾根伝いに登っていくと、頂上近くになって檜の枝越しに巨岩が見えてきた。写真では判りにくいが度胆を抜かれるほどデカイ。こんな岩がいくつかある。

梯子のかかった巨岩を登るとそこが頂上(522m)。ほぼ360度が見渡せます。岩の上は広いけれど恐がりの人には梯子からの移乗がやっかいかも。(家内も下で待機)

馬越峠まで引き返し(往復で約1時間)本来の熊野古道に戻ります。
下りは石畳と羊歯の群生がきれい。
山を下って国道と合流、道の駅でコーヒー休憩のあと、相賀駅近くの宿についたのは夕方4時過ぎでした。

8時に宿を出る。始神(はじかみ)峠の登りは、江戸道に取りつくには国道を長く歩かなければならないので、傾斜の緩く池の傍を通る明治道を選択。峠の頂上を少し過ぎたあたりにベンチがあって展望も効く。

峠の下りは江戸道を経由。平地へ下りて三野瀬の集落を過ぎ、三浦峠に向かおうと緩い坂を登り始めたら、後ろから「お~い」と呼ぶ声がする。振り向けばをよたよた自転車を漕ぐ初老のおっちゃん。私達を見かけ古道歩きに違いないと思って後を追ってきたという。
この写真の記念グッズを「ワシが趣味で作ったもの、お守り代わりに持っていけ」と差し出してくれた。いたく感激!

三浦峠の下り(熊谷道)もヒノキ林と羊歯が多い。

海岸近くの神社から古里トンネルの向こうへ抜ける山道に「崩落危険・進入禁止」の札が据えられていた。先行偵察してみたが、崩れ後は数か所あったものの、通行は十分可能だった。
古里温泉の案内看板を横目に、舗装道を登り左の林道に踏み入れるとあっけなく一石(いっこく)峠。そのまま下って国道に出る。
ツヅラト峠に向かう道は二通りあり、海沿いの道を進んだがこれが間違いの元。海岸線が複雑に入り組んでおり、案内図にない橋が数本あったりして道を間違え、かなり余分な時間を食ってしまった。
この写真は遅れた分を取り戻そうと、急いでツヅラト峠の登り口を目指すところ。

たかが357mの峠と思っていたが、すでにかなり歩いていることもあったのか、登り口から先、峠までの登りが予想以上に長く感じられた。

ツヅラト峠に到着。西に続く尾根を少し登ったところに見晴らしの良い展望所がある。

峠を下ってから林道と県道を歩くこと約2km。午後4時、梅ヶ谷駅に着く。駅舎のない無人駅であらかじめ調べたところ宿もなさそうなので、松阪まで電車で移動しました。
あくる日(6日)は、お伊勢さんのお参りです。もう少し鳥居に近寄ってカメラを構えると、警備員に注意を受けました(^^;

二見ヶ浦はほぼ40数年ぶり、ほとんど覚えていなかったので案外新鮮でしたね。

3泊4日の旅が無事に終わりました。
熊が出没すると聞いていたものの、出会ったのは尻の毛の白さが目立った鹿2匹と、尻の赤い猿が数匹のみでした。
伊勢路は時々町中に出てしまうので、古道の雰囲気は4年前に行った古色蒼然たる雲越えには及びませんが、それでも十分、新鮮な空気を吸い、鋭気を養いながら古の参詣道を楽しめました。

2012年12月29日土曜日

中山寺の散歩

年の瀬も押し迫り、焦りながら年賀状を書いています。
最近は字を書くということがめっきり減ってしまったので、ペンダコも軟化してしまい、あて名書きも100枚を超えると指が痛くなってきます。
良く見るとペンダコの上のほうに小さい水ぶくれも・・・何というひ弱さ(>_<)

夕方、疲れが出てきたので、気分転換に近くの中山寺を一廻りしてきました。

このリアルな顔立ちのお地蔵さんは、いつも気になっています。誰がどういう思いで建てられたのかは知る由もないのですが、近頃は切なさよりも愛しさが湧いてきたような。



30分ほど境内を散歩してひきあげてくると、そろそろ日が沈む頃になっていました。

2012年12月24日月曜日

クリスマスイブ

今日は孫のお家に招かれました。ミニパーティをするんだとか。
車で10分ほど離れているのですが、息子が送り迎えをしてくれました。
自分で車を運転すると飲めませんからネ(^^)>

この灯りは光ってて形が良くわからないけど、ヒトデ型の星ですね。足は7本。
アメリカのグッズだと思うけど、あちらの星は7本足が普通なんでしょうか。

”MERRY CHRISTMAS”の旗はママが掛けてくれたようです。

この子は女の児なんですが・・・良く間違えられます(^^;


ちょっと上等のワインを開けてくれたので、良い気持ち(^^)v
じじばばからのプレゼントは絵本(動物・鳥)とお絵かきセットでした。



2012年12月13日木曜日

甲山の夕焼け

夕焼けというより、残照に近いかな。
中央に盛り上がっているのは甲山(かぶとやま)です。
左の木は銀杏ですが、すっかり葉が落ちてしまいました。



この夕焼けは、関西一円でかなり広範囲に見られたようですね。
高松に住む友人もフェースブックに夕焼けをアップしていました。

2012年12月9日日曜日

ブレーキとアクセル


このタイトルは何かのたとえ話じゃなくて、そのものズバリ、自動車の足踏みペダルのこと。
昔はもう一つクラッチというペダルもありましたが、これはもうほとんど見かけなくなりました。

日曜の夕方はTBSの「夢の扉」という番組を見ながら食事というパターンが多いのですが、今回は、アクセルとブレーキの踏み間違えを防止するため”ワンペダル”方式の自動車部品を開発している人が取り上げられていました。
http://www.tbs.co.jp/yumetobi-plus/backnumber/20121209.html

簡単に踏み間違える人が意外に多いということでしたが、「ほんまかいな」と思いながら見てました。
ああそれなのに・・・今夜いきなりそれを実証してしまうとは (T_T)

温泉(宝の湯)の帰りに車を駐車させようと、ほとんど感だけで適当に?バックさせつつ、ふとサイドミラーを見たら、車体が右の袖壁に超接近!(焦)
あっ!と思ってブレーキを踏んだはずがググッと加速、あれぇ~~~(>_<)
結局、袖壁とはぎりぎりセーフ。一瞬遅れてブレーキを踏み直したので、後ろの車止めに軽く当たっただけで済んだけど、状況によってはこれはほんまに命取り。
あるんやんねぇ~、こんなことがぁ(@@;;;

咄嗟の時は、あっと思った瞬間、踏み変えるという動作がすっ飛んでしまって、一種の条件反射でしょうか、そのままペダルを押してしまうものなんですね。
ブレーキとアクセルの踏み間違いなんて、これまではかなりぼけ始めた老人(心当たりの人が居てたらごめんなさい)の仕業かと思っていたけど、いとも簡単に起きるんだぁ~。

いやいや・・・ひょっとして・・・アタシもその仲間入りをしたってこと?

2012年12月8日土曜日

フェスティバルホール

ちょっとした買い物があり、近くでも用事をすませられると思ったんですが、よめさんの提言に従い大阪へ出かけることに。梅田、心斎橋あたりで買い物を済ませたあと、まだ遠くからしか見ていなかった新しいフェスティバルホールまで足を運ぶことになりました。ちょっと遠回りになりますが、天気も良いし風もさほどなかったので歩いて行くことに。
本町あたりで昼飯を食べ、四ツ橋筋に出て肥後橋をめざすと、まずは高層のオフィスタワーが見えてきます。近づいて外観を1枚。

エントランスをくぐると、歌声が響いてきて、大勢の人垣ができています。赤い絨毯を敷き詰めた正面の大階段では、OSK歌劇団のおねえさま達が一列に並んでマイク片手に踊っておられました。
ちょうどええタイミングでしたね。^^v

レヴューが終わり2階にあがると、大勢の有名なエンタテイナーのメッセージパネルが、周囲の壁に沿ってずらりと並べられていました。
この写真に写っているのは、藤井フミヤ、谷村新司、綾戸智恵の皆さんです。

ほとんどの飲食店には開店祝いの花がきれいに飾られていましたね。

エントランスの真上あたりから、大階段を見降ろしたところです。
付き当たりの奥がフェスティバルホールのラウンジとなりますが、こちらは勝手に入ることはできません。

うんと若かりし頃、わずか1年ほどですが、このフェスティバルホールのあったビルで仕事をしていたことがあったので、昔のビルやこの付近のことはかなり覚えているのですが、見事に変身してしまいましたね。
このあとはまたそのまま歩いて、堂島のジュンク堂大阪本店に立ち寄り、梅田まで戻りました。



2012年12月5日水曜日

検査結果

本日の診察で、CT(11/22)と骨シンチ(11/30)の結果が判明しました。・・・「白」ですって。
転移は見当たらなかったということで、ひとまず、ホッ(^^;

無罪放免ではなく、「転移」より「限局再発」の可能性が高まったというだけの意味ですが、
それでもやっぱりねぇ・・・だいぶ違いますヨ。(^^)v
うずくまってくれているだけなら、連れ添っていくのも良し。
とりあえず次回検査(2ヵ月後)までは無治療のまま経過観察を続けることになりました。

帰り道は気分に寄って変わるのですが、今日は高瀬川沿いをぶらつきました。
島送りにも動じない高瀬舟の囚人の心境になれれば怖いもの無しなんですが・・・
そこはやっぱり小市民(^^)>

写真は安藤さん設計の商業施設「Time's」です。

川の向こうに並んでいるのが佐久間象山、大村益次郎遭難の碑。
遭難と言えばすぐに山を連想しますが、この頃は斬られることですね。
立て札にはこんなことが書かれていました。
「元治元年(1864)7月11日、木屋町通を馬に乗って通りかかった佐久間象山は、刺客に
 襲われて斬られ絶命した。
 明治2年(1869)9月4日、木屋町通の東側にあった宿所で大村益次郎が刺客に襲われて
 斬られ、その傷がもとで、同年11月5日大阪の病院で没した。」

土佐の武市瑞山(半平太)とその弟子吉村寅太郎は、一時期隣同士で住んでいたとか。
それぞれの寓居跡の石碑がこれ。
 

この辺りは何度も通っているとこだけど、史跡も多いところなのでなかなか飽きません。
幕末から明治にかけての話は「司馬遼太郎」もかなりたくさん書いてくれていて、
私もだいぶ読んでいるはずなんですが、大村益次郎(村田蔵六)といえば、確か「花神」の
主人公など、ごく大雑把には思い出せても、具体的に本の中身がどうだったと言われても
ほとんど覚えておりません。記憶力の良い人達がうらやましい(^^)>