2012年8月23日木曜日

「がんサポート」9月号


泌尿器がん最新特集では前立腺がん、腎がん、膀胱がんが取り上げられており、
前立腺がんの特集は次の3題。(タイトルは適当に簡略化しています)

 1)知っていますか?検査と診断           中村昌史(静岡がんセンター)
 2)ホルモン療法が効かなくなった前立腺がん  中井康友(阪大)
 3)骨転移の早期発見・早期治療          上村博司(横浜市大)

(3)は参考になるが、(1)はハッキリ言って、患者にはあまり役に立たないかも。
(2)はその中間ですが、「あれれ、ちょっとおかしいんじゃないの」と思うところが数か所。
 「再発判定」や「新薬」に関する部分ですが、その詳細はとりあえず省きます。

始めて知って驚いたのは稲川淳二さんが前立腺がんだったこと。
記事によれば初期の限局がんのようですが、マスコミ関係者に教えてもらい、今年2月にロボット手術を受けたそうです。
「助かった命ではなく、もらった命だと思っている」

なぜか知り合いの多い「号」でもありました。
リレーフォーライフの座談会でアグネスと対談しているのが坂下千端子さん。
同じくリレーフォーライフ関係の記事で、三浦秀明さんと郷州葉子さん。
「キレイ塾」を連載している山崎多賀子さん。
「がんと生きる」の特集は、子宮頚がんの啓発活動をしている阿南里恵さん。

「がんになった著名人」では騎手の故吉永正人さん(スキルス性胃がん)が取り上げられていました。本人の現役時代を知っているし、吉永みち子さんの「気がつけば騎手の女房」も読んだことがあるので、これも興味深く読ませてもらいました。

冒頭の対談は、私がコンサートに足を運んだことのある数少ない歌手、加藤登紀子さん。
ダンナ藤本敏夫さんが亡くなった(10年前)のは知っていましたが、肝臓がんだったんですね。
私自身ががんを患う前だったから、病名も頭を素通りしてしまったのでしょう。

年にせいぜい1~2冊しか買わない雑誌ですが、このたびは気になる記事がたくさんあって、ちょっとお買い得気分を味わうことができました。




2012年8月22日水曜日

鴨川

お昼前後は京都の病院に行っておりました。
3ヵ月毎の検診ですが、今日は検査だけで、結果が判るのは次週となります。
雲の形はやや秋の雰囲気を帯びて来たように思いますが、日が照っていると真夏とまったく変わりません。
帰り道は、地下に逃げ込んで京阪に乗ろうかと思いましたが、最近はどうも運動不足なのが気になって、汗を掻きながらとなりますが、鴨川の岸辺を丸太町から四条まで歩くことにしました。
何度も歩いたことのある道ですが、季節、時間、天気によって雰囲気は随分変わります。

シラサギとカモ、これだけだと鴨川ではちっとも珍しくはないのですが、亀がいっしょなのが面白くてカメラを向けてみました。

鴨川の料亭には、まだ納涼床が出ている季節です。
真昼間ですから、若干ムードには欠けますが、ちょうど以前絵に書いたことのあるアングルに差し掛かったので、比較のために撮って見ました。


以前描いた絵(水彩)はこれですね。季節は冬に近かったし、なんとなく、まだ不安な精神状態が表れているような気がしないでもありません。


阪急河原町から電車に乗りましたが、汗が引くまでにしばらく時間がかかりました。



2012年8月21日火曜日

プール

プールと言っても私が泳いだ話じゃなく、孫(あと10日ほどで3歳)をプールに連れてった話ですね。
私も、もう7~8年泳いだことはないけれど、いざという時はまだなんとかなるでしょう。
たぶん溺れはしないはず(^^)>

孫と行くはじめてのプール・・・パパはお仕事だし、ママは下の子がまだ小さいので(3ヵ月)どうしようか迷っていましたが、結局一緒に行って、日陰で見物することに。
以前、浦島温泉の洞窟風呂に連れて行った時は、平気で湯に潜ってので、たぶん大丈夫だろうと思っていたけど、初プールだったので、始めはやはりちょっと心配でした。
水着はお家を出る時にママに着せてもらっていました。
オニューの浮輪を膨らませようとしたら、どうなっているのか、いくら吹いても膨らまず、頭の血管が切れそうに思えてきた時・・・「空気入れ」があることを教えてもらいホッとしました^^

幼児プールの水深は、私の膝下、孫の腰ぐらい。
私はTシャツに短パン姿で、始めこそ手をつないで、一緒にプールに入ったものの、しばらくすればすぐに浮き輪を使って上手に底を蹴りながら、一人で前に進んでいます。
浮き輪なしでも溺れることなくそれなりに遊んでいるので、さほど付きっきりにならずとも、少し離れて見ているだけでも大丈夫でした。


お気に入りは滑り台、初回は頭もろとも水中に突っ込み、私もあわてて「大丈夫?」と掬いあげましたが、平気でしたね。プールサイドへ上がる時も一人でよじ登ります。10数回連続で、後ろに並んでは、階段を昇り、滑ってはまた後ろに並ぶを繰り返していました。



隣の変形プールには大きなウォータースライダ―があり、これに行きたがり駄々をこねましたが、今回はこれは見送り。水深も少し深いし、年齢制限もあるはずだけど、私が一緒にすべれば大丈夫かな?
次回は私も泳げる恰好をして、変形プールに連れて行っても良いかも・・・




2012年8月15日水曜日

華厳寺から横蔵寺へ

当初の予定では、大垣から樽見鉄道で谷汲口へ出て華厳寺まで歩き、さらに東海自然歩道に沿って山を越え横蔵寺に降りる予定でしたが、まだ頼りない足を庇って「軟弱コース」に変更。
養老線で揖斐駅に出てバスで直接、西国33番結願札所谷汲山華厳寺へ。
数ヵ月前から西国33個所観音巡礼には「王手」を掛けていたのですが、華厳寺が少し離れていることもあって、お参りが延び延びになっていました。

バスを降りると約1キロほど広い並木参道を歩きます。
参道の両側には、仏具屋、表具屋、菊石(アンモナイトが埋め込まれた石)屋、骨董屋、瀬戸物屋、飲食店、旅館などが並んでいて、一部雑然とした雰囲気もあるものの、全体的にはけっこう落ち着いた街並みでした。



これが山門、なかなか立派ですね。一礼してくぐります。


山門から奥もまだ石畳の参道がしばらく続き、幅の広い階段まで来ると両側には幟旗が立ち、奥に本堂が見えてきました。


本堂に到着です。


本堂の柱には「精進落としの鯉」があり、これに触れて「結願」の報告をするというので、私もちらりと触っておきました。


ご朱印は一寺一印が普通ですが、結願寺のここはご詠歌が過去、現在、未来と3種あり、それに合せて、ご朱印も3つ・・・当然料金も3倍(^^;

「今までは親と頼みし笈摺(おいずる)を 脱ぎて納むる美濃の谷汲」(ご詠歌の一つ)

四国巡礼では、私も金剛杖、笈摺、遍路傘のいわゆるお遍路スタイルになりますが、西国33カ所はもっと気楽に普通の身なりで廻ってきました。
でも、西国33カ所でも本格的なお遍路スタイルで廻る方も少なからずおられます。
本堂裏の笈摺堂には、そうした方達の杖、笈摺、納経帳、傘などが、千羽鶴に囲まれて納められていました。
この写真はその一部です。


足はかなり回復しつつあったものの、奥の院(かなり山の上です)は断念し、
上人のミイラで有名な横蔵寺へはバスで移動することに。

少し余談ですが、揖斐川町のコミュニティバスは驚くほど値段が安い。
揖斐町、北方村、大和村、清水村、小島村の1町4村が合併したのが現在の揖斐川町ですが、旧の町村内の移動なら100円、町村境を跨ぐと100円が追加となるしくみで、横蔵までは100円。横蔵からの帰り道、揖斐駅まで40分ほどバスに揺られてもたったの200円でした。

横蔵バス停からすぐの赤い橋を渡ると正面は石垣。左に折れて坂を登ると、


左右の石垣の間に仁王門が現れる。
仁王さんはお留守だが(宝物殿に安置されています)大きなわら草履が両側に掛っていた。


仁王門をくぐると、まず目に入るのが三重の塔。


本堂も歴史のある雰囲気だが、脇道から登ってきた車が正面に止まっていたのは残念。


本堂の左へ廻り込むと、これが舎利殿。この中にうわさのミイラが・・・(宝物殿はこの右隣)


ガラス扉の厨子?に安置された妙心上人のミイラは、胡坐をかいて、しっかり手を組み、半分歯の抜けた口を半ばあけたまま首をかしげておられました。37歳で観音様のお傍に召されることを自ら選んで木喰の行に入られたとか。
痩せているせいもあるのでしょうが、かなり小柄な人で、サイズ的には高学年の小学生かせいぜい中学生ぐらいにしか見えません。
写真を取ることができないので、ネットで見つけたものをご披露しておきます。


大垣へ出てJR東海道線で帰りましたが、14日の大雨の影響で、米原からの新快速は全面運休。乗った普通は始発ゆえに座ることはできましたが、お盆と重なり凄い混みよう。こうなると車内の冷房はまったく効き目がありません。今回の旅行で、一番汗を掻いたのはこの車内でした。
足は幸い良くなってきて、16日現在ではほぼ不通に歩けています。(^^)v

2012年8月14日火曜日

郡上八幡

情けないことに、お盆に痛風が出ました。
ただ、幸いこのたびの痛風は比較的軽症だったもので、うずいたのは2日ほど。
3日目から痛みがましにはなって来たけれど、まだ杖が無いと心もとないという状況で、このたびの旅行を中止するかどうか直前まで迷いましたが、嫁さんの押しに寄り切られ(^^;、郡上八幡とその翌日に谷汲山華厳寺周辺を廻ってきました。
宇治から高槻あたりにかけて大雨の降った14日の早朝に、左手で杖を突き右手で傘を差しながら家を出て、新幹線、JR在来線共京都~大阪間は不通、乗った高速バスも京都までは高速が使えず、地道の渋滞もあって約2時間遅れでやっと郡上八幡インターへ到着。

わずか1キロ半の道のりが辛いので、タクシーを呼んで、まずは川へのダイビングポイントとして有名な新橋へ。
欄干から上半身を乗り出して下を見ると、怖い怖い(^^;
「この橋からの飛び込みで重大な事故が発生しています。不慣れな方の飛び込みは自粛するよう警告します」という看板がありました。「禁止」じゃなくて「自粛」というのが郡上八幡らしいところ。



柳町を北へ向かいます。
足が元気なら、司馬遼太郎も美しいと褒めた郡上八幡城へ寄りたいところですが、これはパス。
ここでは水が飲めます。ほっと一息。


水路には鯉も泳いでいました。


職人町から本町へ。肉桂(ニッキ)の老舗飴屋の角の露地を入ると、名水百選の一つ「宗祇水」があります。


お盆の間は、郡上おどりもクライマックスを迎え、夜7時から翌朝6時までオールナイトで踊るとか。
昼間は残念ながら踊りは見られないのですが、浴衣を着た観光客は沢山みかけました。


こんな水桶が所々に。ここでは子供が遊んでました。


トマトとキューリが冷えてます。


清流の城下町、郡上八幡のもう一つの顔は、食品サンプルの発祥地で、全国の食品サンプルのほとんどはこの地で作っているとか。
うまそうな鮎の串焼きですがこの写真はもちろん?炭火を含めて全てサンプルです。
ただ、本物の鮎を店先で焼いている所もたくさんあります。
郡上鮎というのは、姿と美味で食通を魅了する日本一のブランドアユで、皇室にも献上されていたとか。


現地では雨がほとんど降らず、傘を差さずに済んだのは幸いでした。
足が大丈夫そうなので、帰りはゆっくりですが、JR郡上八幡駅まで歩きました。
木造でノスタルジーをそそられる駅です。


大垣まで戻って、ホテル泊。