2012年12月29日土曜日

中山寺の散歩

年の瀬も押し迫り、焦りながら年賀状を書いています。
最近は字を書くということがめっきり減ってしまったので、ペンダコも軟化してしまい、あて名書きも100枚を超えると指が痛くなってきます。
良く見るとペンダコの上のほうに小さい水ぶくれも・・・何というひ弱さ(>_<)

夕方、疲れが出てきたので、気分転換に近くの中山寺を一廻りしてきました。

このリアルな顔立ちのお地蔵さんは、いつも気になっています。誰がどういう思いで建てられたのかは知る由もないのですが、近頃は切なさよりも愛しさが湧いてきたような。



30分ほど境内を散歩してひきあげてくると、そろそろ日が沈む頃になっていました。

2012年12月24日月曜日

クリスマスイブ

今日は孫のお家に招かれました。ミニパーティをするんだとか。
車で10分ほど離れているのですが、息子が送り迎えをしてくれました。
自分で車を運転すると飲めませんからネ(^^)>

この灯りは光ってて形が良くわからないけど、ヒトデ型の星ですね。足は7本。
アメリカのグッズだと思うけど、あちらの星は7本足が普通なんでしょうか。

”MERRY CHRISTMAS”の旗はママが掛けてくれたようです。

この子は女の児なんですが・・・良く間違えられます(^^;


ちょっと上等のワインを開けてくれたので、良い気持ち(^^)v
じじばばからのプレゼントは絵本(動物・鳥)とお絵かきセットでした。



2012年12月13日木曜日

甲山の夕焼け

夕焼けというより、残照に近いかな。
中央に盛り上がっているのは甲山(かぶとやま)です。
左の木は銀杏ですが、すっかり葉が落ちてしまいました。



この夕焼けは、関西一円でかなり広範囲に見られたようですね。
高松に住む友人もフェースブックに夕焼けをアップしていました。

2012年12月9日日曜日

ブレーキとアクセル


このタイトルは何かのたとえ話じゃなくて、そのものズバリ、自動車の足踏みペダルのこと。
昔はもう一つクラッチというペダルもありましたが、これはもうほとんど見かけなくなりました。

日曜の夕方はTBSの「夢の扉」という番組を見ながら食事というパターンが多いのですが、今回は、アクセルとブレーキの踏み間違えを防止するため”ワンペダル”方式の自動車部品を開発している人が取り上げられていました。
http://www.tbs.co.jp/yumetobi-plus/backnumber/20121209.html

簡単に踏み間違える人が意外に多いということでしたが、「ほんまかいな」と思いながら見てました。
ああそれなのに・・・今夜いきなりそれを実証してしまうとは (T_T)

温泉(宝の湯)の帰りに車を駐車させようと、ほとんど感だけで適当に?バックさせつつ、ふとサイドミラーを見たら、車体が右の袖壁に超接近!(焦)
あっ!と思ってブレーキを踏んだはずがググッと加速、あれぇ~~~(>_<)
結局、袖壁とはぎりぎりセーフ。一瞬遅れてブレーキを踏み直したので、後ろの車止めに軽く当たっただけで済んだけど、状況によってはこれはほんまに命取り。
あるんやんねぇ~、こんなことがぁ(@@;;;

咄嗟の時は、あっと思った瞬間、踏み変えるという動作がすっ飛んでしまって、一種の条件反射でしょうか、そのままペダルを押してしまうものなんですね。
ブレーキとアクセルの踏み間違いなんて、これまではかなりぼけ始めた老人(心当たりの人が居てたらごめんなさい)の仕業かと思っていたけど、いとも簡単に起きるんだぁ~。

いやいや・・・ひょっとして・・・アタシもその仲間入りをしたってこと?

2012年12月8日土曜日

フェスティバルホール

ちょっとした買い物があり、近くでも用事をすませられると思ったんですが、よめさんの提言に従い大阪へ出かけることに。梅田、心斎橋あたりで買い物を済ませたあと、まだ遠くからしか見ていなかった新しいフェスティバルホールまで足を運ぶことになりました。ちょっと遠回りになりますが、天気も良いし風もさほどなかったので歩いて行くことに。
本町あたりで昼飯を食べ、四ツ橋筋に出て肥後橋をめざすと、まずは高層のオフィスタワーが見えてきます。近づいて外観を1枚。

エントランスをくぐると、歌声が響いてきて、大勢の人垣ができています。赤い絨毯を敷き詰めた正面の大階段では、OSK歌劇団のおねえさま達が一列に並んでマイク片手に踊っておられました。
ちょうどええタイミングでしたね。^^v

レヴューが終わり2階にあがると、大勢の有名なエンタテイナーのメッセージパネルが、周囲の壁に沿ってずらりと並べられていました。
この写真に写っているのは、藤井フミヤ、谷村新司、綾戸智恵の皆さんです。

ほとんどの飲食店には開店祝いの花がきれいに飾られていましたね。

エントランスの真上あたりから、大階段を見降ろしたところです。
付き当たりの奥がフェスティバルホールのラウンジとなりますが、こちらは勝手に入ることはできません。

うんと若かりし頃、わずか1年ほどですが、このフェスティバルホールのあったビルで仕事をしていたことがあったので、昔のビルやこの付近のことはかなり覚えているのですが、見事に変身してしまいましたね。
このあとはまたそのまま歩いて、堂島のジュンク堂大阪本店に立ち寄り、梅田まで戻りました。



2012年12月5日水曜日

検査結果

本日の診察で、CT(11/22)と骨シンチ(11/30)の結果が判明しました。・・・「白」ですって。
転移は見当たらなかったということで、ひとまず、ホッ(^^;

無罪放免ではなく、「転移」より「限局再発」の可能性が高まったというだけの意味ですが、
それでもやっぱりねぇ・・・だいぶ違いますヨ。(^^)v
うずくまってくれているだけなら、連れ添っていくのも良し。
とりあえず次回検査(2ヵ月後)までは無治療のまま経過観察を続けることになりました。

帰り道は気分に寄って変わるのですが、今日は高瀬川沿いをぶらつきました。
島送りにも動じない高瀬舟の囚人の心境になれれば怖いもの無しなんですが・・・
そこはやっぱり小市民(^^)>

写真は安藤さん設計の商業施設「Time's」です。

川の向こうに並んでいるのが佐久間象山、大村益次郎遭難の碑。
遭難と言えばすぐに山を連想しますが、この頃は斬られることですね。
立て札にはこんなことが書かれていました。
「元治元年(1864)7月11日、木屋町通を馬に乗って通りかかった佐久間象山は、刺客に
 襲われて斬られ絶命した。
 明治2年(1869)9月4日、木屋町通の東側にあった宿所で大村益次郎が刺客に襲われて
 斬られ、その傷がもとで、同年11月5日大阪の病院で没した。」

土佐の武市瑞山(半平太)とその弟子吉村寅太郎は、一時期隣同士で住んでいたとか。
それぞれの寓居跡の石碑がこれ。
 

この辺りは何度も通っているとこだけど、史跡も多いところなのでなかなか飽きません。
幕末から明治にかけての話は「司馬遼太郎」もかなりたくさん書いてくれていて、
私もだいぶ読んでいるはずなんですが、大村益次郎(村田蔵六)といえば、確か「花神」の
主人公など、ごく大雑把には思い出せても、具体的に本の中身がどうだったと言われても
ほとんど覚えておりません。記憶力の良い人達がうらやましい(^^)>